図書館経営ではなぜ「入口」論争が繰り返されるのか。

前回の記事からだいぶ時間が経っています。書くテーマがないわけでもなく、非公開で自分向けのメモは書き続けているのですが、今は博士論文に集中すべき時ということで記事を公開できるレベルに引き上げる努力を怠っております。ありがたいことに再開して欲しいという声もちらほらといただきましたが、もうしばらくお待ち頂けますと幸いです。

その代わりにというわけではないですが、『情報の科学と技術』に記事を書く機会をいただきましたので、そのご案内です。

図書館経営では、アウトソーシングに伴う「図書館のコア業務(おこなうべき業務)」や「強み・弱み」などについて、長期間にわたって「入口」論争が繰り返され、行き詰まりをみせています。この理由は、これまでに、①研究成果に基づいた図書館の経営戦略論が示されていないこと(研究領域)と②現場でもデータなどに基づいた論理的な経営戦略が示されてこなかったこと(実務領域)が理由であると考えられます。つまり、経営戦略についてしっかりと考え、論理的に積み上げてこなかったことがその理由です。そして、先に挙げた①と②のいずれを検討するにしても、経営戦略の基礎的な知識が必要です。

今回の記事では、経営戦略論の概要を説明しましたので、図書館経営に関係している方々に、お読み頂ければと思っています。

図書館員と研究者が共に学び、協力して、図書館経営を先に進めなければなりません。

ホンダと経営の神髄

 日本経済新聞の電子版にこのような記事が載っていた。

 ホンダの2010年4~6月期連結決算(米国会計基準)は、最終的なもうけを示す純利益が前年同期比36倍の2724億円と、四半期ベースで過去最高に膨らんだ。3カ月間で前期の年間利益(2684億円)を上回る水準だ。新興国を中心とした世界販売の好調やコスト削減など3つの要因が下支えした。

 世界の競合との比較でも4~6月の純利益は米フォード・モーター(約2300億円)を上回り、来週発表のトヨタ自動車を除く世界主力メーカーの中で首位だ。

 「アジア向けは需要は伸びているし、為替抵抗力も強い」。近藤広一副社長は決算会見で語った。好決算の最大の原動力は拡大する新興国販売だ。

(引用)ホンダ、純利益36倍2724億円 4~6月(注目の決算).日本経済新聞社 電子版. 2010/7/30 22:04

 ホンダはリーマンショック以後の落ち込みも比較的軽く,(リーマンショック以後に比べると微妙に)景気回復後も,この記事の通り大幅な回復をみせている。

 日本のメーカーが円高で体力を奪われている中,ホンダは“為替抵抗力も強い”と自信を持った発言をしている。

 こうしたホンダの舵取りに経営の神髄をみることができる。

 経営の神髄は,「不景気のときは世の中ほど収益が落ち込まず,景気がよいときは世の中の三倍成長すること」である。(五倍でも,十倍でもよい)

 つまり,景気がよいときに企業の利益が上がるのは当然のことで,人並み以上に成長しないと経営に成功したとは言えないわけだ。(もちろん,景気が悪いから赤字になってしまうのは仕方がないという言い訳も通用しない)

 ほとんどの図書館はどこかの組織に所属しており,所属する組織のトップから“各部門は一律に○%の予算を削減”という要求を突き付けられてしまう。これは経営環境としては,非常に厳しい状況だ。

 ただ,そのような状況下でも,「図書館にはどうしても予算を割く必要があるから,少しでも予算を増やそう」と言わせるような気骨ある図書館経営者がたくさん出てきて欲しいものである。

目先の合理主義

近視眼的図書館経営に近い説明がありましたので,ご紹介しておきます。

「目先の合理主義」

 日本の銀行が駄目になった理由について城南信用金庫の真壁実会長はユニークな分析をしておられる。

 かつて日本の銀行は,支店ごと,支店に残ってるはずの現金と実際に残っているはずの現金とを照合するという仕事をしていた。その結果,たとえ一円でも合わなければ全員で残業して原因分析をしていた。原因がわかるまで帰してもらえなかった。

 ところが,いくつかの銀行はこれをやめてしまった。たった一円のためにいったいいくらの残業代を払っているのか,という合理的に見える理由でやめてしまったのである。真壁氏は,それから日本の銀行はおかしくなったと分析している。この慣行は,お金を合わせることが目的ではなく,銀行員に一円の怖さを体で教えていたのである。

 このような合理主義は,「目先の合理主義」ということができる。日本の現場には,目先の効果だけをみると,合理的でない慣行がある。カイゼンも小集団活動もそのような性質を持っている。

 トヨタ自動車の品質管理の人々に,「不良ゼロはコストがかえって高くつくことにならないですか」と聞いたことがある。

 「どんなにコストがかかっても,不良ゼロでないといけません。高い不良率のほうがコストは安いなんて言い始めたら,現場の技術と意欲は急激に低下します」という返事が返ってきた。

 不良をゼロにするという目標の意味は,目先の利益だけで判断してはならないのである。

 (中略)

 目先の合理主義が怖いのは,ひとつのことを継続してやり続けるよりも,何か新しいことをやるほうが効果が大きいように見えるところにある。

 (中略)

 同じようにして,目先の合理主義は現場の重要な慣行を壊してしまった。

(引用文献)
 加護野忠男. 経営の精神:我々が捨ててしまったものは何か. 生産性出版, 2010, 185p.

 民間企業で上記の通りなのですから,「非営利」かつ「知識・文化の伝承」という永続的な視点が重要となる図書館では,なおさらのことなのだと思います。

近視眼的図書館経営とアウトソーシング:アメリカにおける3つの事例から(補足)

 先日,大学図書館支援機構(特定非営利活動法人)が発行しているニュースレターに記事を書きました。

小泉公乃. 近視眼的図書館経営とアウトソーシング:アメリカにおける3つの事例から. IAALニュースレター. 2010, no. 5, p. 12-13. (http://www.iaal.jp/newsletter/pdf/No5.pdf

 この中に,開発途上国にアウトソーシングしたことで,メーカー各社が競争力を失った事例を記述いたしました。

 せっかくなので,競争力を取り戻した事例を紹介しておきます。

 その企業は,吉永小百合の「さぁ,液晶の世紀へ」というCMで,液晶テレビ市場を創造した「シャープ株式会社」です。

 シャープは経営戦略の中でも,いわゆる知財戦略を行なったことで,競争力を強化しました。

<シャープの姿勢>
 最近,脚光を浴びているEMSに対しても,シャープは慎重である。あくまで協力工場的な位置付けという考えは崩さない。全行程を移管したり,自社工場を分社してEMSにするという発想はない。

<当時のシャープ社長の言葉:町田社長>
 「海外進出した工場で作ったほうが安くできるということが発端だった。それは当然の話で,問題は行った人が安くできるものだからあぐらをかいちゃったことです。同時に日本国内で何が起ったかと言いますと,残った連中の仕事が減って,人がいなくなったために生産技術の改革ができなくなってしまった。努力が止まったのです。結局どっちも発展しなくなった。」

<町田社長の言葉に触れて>
 90年代まで,日本は技術とノウハウを海外に出すことに大らか過ぎた。そのため,半導体と液晶は韓国に,情報関連は台湾に,家電は中国にと日本の得意な分野で追いつかれてしまった。DRAMも,技術と製造ノウハウを確立しても,装置にのって海外に流出した。
 今後も日本でものづくりを続けるために必要な戦略は,高付加価値な製品を出し続けること。そのためには,「商品はオンリーワン,ノウハウはブラックボックス」しかない。優秀な技術者は,日本にいる。日本でものづくりをする価値は,まだまだあると町田社長は語る。

(引用文献)
 大久保隆弘. シャープ株式会社:オンリーワン戦略. KBS. 2003

 実は,あまりにもブラックボックスに固執したことで,この先,町田社長は経営の舵取りを少し誤ることにもなります。

 しかし,知財戦略とアウトソーシングが密接にかかわっていることは,この事例からもよくわかると思います。

ビジネスモデルの変化とコア技術・技能

トヨタのリコール問題に関して、メディアの報道が沈静化してきました。これまで指摘されてきた課題も出尽くした感がありますので、このへんでトヨタや日本の製造業が直面している課題をまとめておこうと思います。

近年、日本の製造業が直面している課題は、主に3つあるとされてい(るように思われ)ます。

(1)デジタル化に伴う部品の多機能化、共通化、ブラックボックス化

(2)エネルギーの変化(これは1990年代から言われ続けている)

(3)国境を越えた人材の外部化(これは1980年代から言われ続けている)

これら3つの課題は、もっと大きい概念の「モジュール化」や「モジュラー化」で、説明される場合もあります。(モジュール化は,2000年前後から特に言われ始めている)

モジュール化とは、「これまでばらばらに全体を構成していた要素が、部分的に集約され、いくつかの要素のグループができるようになること。また、要素から全体を構成する際に、要素をグループ化したことで、グループ(複数の要素)間の結合が簡単になること」です。

もっと難しい言葉では、青木が、

「モジュール」とは、半自律的なサブシステムであって、他の同様なサブシステムと一定のルールに基づいて互いに連結することにより、より複雑なシステムまたはプロセスを構成するものである。そして、一つの複雑なシステムまたはプロセスを一定の連結ルールに基づいて、独立に設計されうる半自律的なサブシステムに分割することを「モジュール化」、ある(連結)ルールの下で独立に設計されうるサブシステム(モジュール)を統合して、複雑なシステムまたはプロセスを構成することを「モジュラリティ」という。

青木昌彦; 安藤晴彦編著. モジュール化:新しい産業アーキテクチャの本質. 東洋経済新報社. 2002, 334p. (経済産業研究所・経済政策レビュー, 4)

としています。

部分的に集約された要素(たとえば、製品で言えば個々の部品の集合)を青木は「半自律的なサブシステム」としています。

トヨタで問題になったブレーキの制御システムについていえば、これまで複数の部品から作られていたブレーキ制御の部品が、IT技術の進展で「1つの電子部品」になりました。複数の部品がそれぞれ果たしていた役割を1つの部品で担うようになるわけですから、その電子部品は「多機能」になります。また、部品の数が少なくなりますから、組み立てが簡単になります。組み立てが簡単になると、部品間のインタフェースの「共通化」が進みますから、様々な車種に同じ部品を組み込みやすくなります。さらに、複数の部品が1つになり「多機能化」したわけですから、1つの部品は複雑化・高度化し、その部品を分解(あるいはプログラムの解読)しない限り、中身がどうなっているか分からなくなります。これが、「ブラックボックス化」です。ブレーキの制御システムにバグがあるのかないのかについて判然としないのも、ブラックボックス化の影響で、自分たちでコントロールしにくくなっているからです。

これが、1番目の「デジタル化に伴う部品の多機能化、共通化、ブラックボックス化」です。

2番目の「エネルギーの変化」は、「オイル(ガソリン)」から「電気」への変化です。これが、モジュール化を加速させます。自動車は、ガソリン自動車から電気自動車に変わろうとしています。電気自動車では、モーターが動力になり、ガソリンエンジンに必要だった数多くの部品を複雑に組み合わせる(擦り合わせ)る技能は不要になりました。

3番目の「国境を越えた人材の外部化」は、組織のモジュール化です。1つの部品が複雑化した一方で、部品が共通化すると市場規模も大きくなるので、部品ごとに企業が参入しやすくなります。結果として、コア技術・技能が必要となる部品以外を外部化(アウトソース)することが可能になり、外部化が効率的になります。各部品で機能や品質の高いものを作れる企業を選択していくと、IT技術の進展も相俟って、国境を越えることになります。製品がモジュール化することで、組織もモジュール化します。
また、部品数が少なくなれば、綿密な擦り合わせの必要もなくなりますから、組織の各モジュール間での密接な連携も必要なくなります。結果的に、企業は機能別に組織のモジュールを切り離しやすくなります。ノウハウのあまり必要ない組み立て業務が、人件費の安い新興国にアウトソースされるのも、組織のモジュール化といえるわけです。

これらをまとめると、

(組織がクローズ&擦り合わせ)→(組織がオープン&組み合わせ)

となり、これは、

(擦り合わせ型:インテグラル)→(組み合わせ型:モジュール/モジュラリティ)

とも言われます。これが、ビジネスモデルの変化です。

パソコンがいち早くモジュール化し、新興国に組み立て作業がアウトソースされたのは、よく知られた話です。Sonyのウォークマン(擦り合わせによる軽薄短小化)が、AppleのiPod(メモリとプログラムの簡単な組み合わせ)に置き換えられたのも、同じ現象です。そして、今は、パソコンやiPodの後を液晶テレビや自動車がモジュール化に向けて走っているというわけです。

なお、このブログは、「図書館経営」を考えるブログですから、製造業におけるモジュール化という現象について、理解を深めるだけでは足りません。

こうした製造業に見るモジュール化という現象のポイントは、「過去のコア技術・技能が、現在の市場で通用しなくなりつつある」、あるいは、「どんな大企業でも、コア技術・技能が違う市場(ビジネスモデルが違う市場)で戦うと負けてしまう」ということです。

トヨタは、系列企業を含めた擦り合わせの技術・技能によって高品質を競争力としてきたわけですから、「擦り合わせなんていらないよ。簡単に組み立てても高品質になっちゃうよ」と言われると、「さぁ、大変!」となります。しかも、「トヨタさん、電子部品のプログラムは書けますか?」と問われると、「これまであんまりやったことないから、よくわかりません・・(ブラックボックス)」いうことになるわけです。

つまり、ここでの私たちの学びは、「従来からある自分たち(図書館)のコア技術・技能が、現代社会でも競争力に繋がっているか(直結しているか)」を構造的に知っておく必要があるということです。この「競争力」という言葉は、他機関や企業と比べたときの「図書館が提供する社会的な意義や価値」に置換えてもよいと思います。

図書館のコア技術・技能とは、一体何なのでしょう?
そして、それが今の世の中にどれだけの価値を提供するのでしょう?
また、将来的に図書館に求められるコア技術・技能とは何なのでしょう?

図書館(特に図書館の経営者)は、常にこうした問いに答えることができなければならないのだと思います。

経営改革の契機

 トヨタ自動車は、アクセルペダルの不具合によるリコール問題で揺れているが、最初に対象となった8車種とその後問題となったプリウスやレクサスHSなどを含めた一時的な販売停止という措置をとった。これは、CNNやBBCのトップニュースでも伝えられている。リコールが当たり前のアメリカでは、GMやフォードなどのようにリコールしながら販売し続ける例が多い。不具合の程度にもよるが、一時的にでも複数車種の販売停止をしたトヨタは、利益よりも顧客の安全を優先した経営判断をおこなったことになる。
 アメリカ政府から販売を停止するように要請があったことが引き金だとか、ブランドを維持するためのパフォーマンスだとか批判するメディアは多いが、これまでのトヨタの経営スタイルや文化を知っていれば、まずは安全第一で意思決定をしたことは自明のことであろう。これを機にトヨタは社内の危機意識をさらに強め、経営改革を進めるという。

 経営コンサルティングをしている自動車部品会社で、人命にかかわる事故が起きたことがあった。高速回転する機械に腕が巻き込まれるものだった。安全面の注意を喚起するだけでは防げない構造的な事故だった。同企業では、この事故が安全面の構造的な見直しをおこなう契機となったのと同時に、業務プロセスを抜本的に見直す契機としている。

 一方、私が事業会社で働いていたときに「うちはどんなミスをしても、人が死ぬことはないから安心して、適当に働いていればいいよ。ほどほどに」と他部署の先輩たちにいわれたことがあった。たしかに、どんなミスをしても人が死ぬことはなかった。しかし、それが仕事を適当にやって良いということになるのか、新入社員ながらに違和感を覚えたことがあった。同企業の社員は、「(その後)会社のトップは迷走しているし、社員はぬるま湯につかっているし、会社は黒字だから経営改革が進まない」と不満を漏らしている。(私の故郷の会社だし、ぜひともがんばって欲しいのが本音だけれど、それを聞くととても残念なことだと思う)

 こうして考えると、経営改革の契機になりやすいのは、顧客や社員の命にかかわる出来事が起きたときであることがわかる。

 もうひとつ、最もわかりやすい経営改革の契機としては、会社生命にかかわる巨額の赤字がある。これが引き金となって経営改革がおこなわれた例として、最近のものは、JAL、ウィルコム、日本の電機メーカー各社などがある。

 では、図書館はどうか。

 図書館事業は、直接的に人命にもかかわらないし、巨額の赤字を拠出するリスクもない。当然、倒産して明日から職員が路頭に迷うリスクも極めて低い。従って、図書館経営者の責任も痛烈に問われることもない。ただ、現場の人材を非正規職員に入れ替えるだけというアウトソーシングをしつづけて、数十年の時間を失っていることを考えると、図書館はなんらかの経営改革をおこなわなくてはならないのは間違いない。

 図書館にとって、人命にかかわる事故や巨額の赤字にかわるものは何なのか。

 図書館経営者の技能と図書館経営者が組織内の危機感をどのように創出するかが、カギとなることは間違いないのだけれど。さて、どうしたものか。

事業仕分けと経営再建(2)


 政府の行政刷新会議(議長・鳩山由紀夫首相)は25日、2010年度予算概算要求の無駄を洗い出す「事業仕分け」後半2日目の作業に入った。国立大学運営費交付金(要求額1兆1700億円)については、人件費など一般管理費は「見直し」、留学生の受け入れなど特定施策を進める特別教育研究経費は「縮減」を求めた。

(中略)

 国立大運営費交付金に対しては、各大学のさらなる経営改善努力の必要性が指摘されたほか、各大学の自主性が高まった法人化後も文部科学省からの出向者が多い点などに批判が集まった。特別教育研究経費については、他の施策と重複しているとの意見が出た。

「時事ドットコム」(2009/11/25,13:35)

 経営再建を実際に行なったことがない素人が,経営改革を行なおうとすると状況を悪化させてしまうことがよくあります。経営の専門家とされる経営コンサルタントですら,その多くは実際に経営を行なったことがなく,実際に経営を執行する立場になるとうまくできないという状況に陥ります。たとえば,McKinsey(外資系コンサルティング会社)出身の南場智子さん(DeNAの創業者で現在の社長)がNHKの番組で,「もし昔のクライアントさんと町中であったら,土下座して謝りたい気持ちです」と話したことがあります。これも,そのことを意味します。

 国立大学運営費交付金に関して,「各大学のさらなる経営改善努力の必要性が指摘され」とありますが,仕分け人のうち,どれだけの人間が経営責任を背負って血の滲むような思いをしたことがあるのでしょうか。そうしたご経験がある方も少しはいるようなので,その人たちに希望を託すしかないわけですが,多数決となると厳しいのかもしれません。

 削減割合まで踏み込んでいないことは幸いですが,この意志決定は,将来の深刻な問題につながるような気がします。

(参考①)
 たとえば,経営再建の現場で同じ目的を達成するとしても,その手順(打ち手の順序)を間違えただけで,すべてが台無しになったりすることが往々にしてあります。大学経営の改善努力を求めるのは結構なのですが,教育機関という長い目で経営を行なわなければならない非営利組織に対して,この事業仕分けの段階で「見直し」という結論は手順が違うと思われます。ここで誤った判断をすると,大学における経営改善の手順すら誤る可能性が高まり,民間企業であれば突然死(経営破綻)ということもありえることだと思います。

(参考②)
 国立大学運営費交付金(説明資料)
 大学の先端的取組支援(説明資料) ※大学関連事業

事業仕分けと経営再建

事業仕分けで,文部科学省の「子どもの読書活動推進事業」(2億1200万円)と子どもの体験活動や読書活動の振興を図る「子どもゆめ基金」(21億4400万円)が「廃止」の判断(最終確定ではない)となりました。蓮舫議員は,“(国民に)納得していただける説明がいまひとつ足りなかったようには思います”とのコメントでした。

“無駄を洗い出す”と説明される「事業仕分け」。テレビ番組では,「日本の無駄を洗い出す“仕分け人”」という肩書きを誇らしげにする方までいらっしゃるようです・・。

事業仕分けは民間における企業再建の手法がカスタマイズされて政府に導入されたものと推測されます。

業績が厳しい企業では,どこまで手元の資金がもつかが非常に重要になってきます。そこで経営の専門家たちは,手元の資金を飛行機の燃料に例えて,“資金燃料”や“現金燃料”と呼んだりします。(資金が減っていく割合を“資金燃料率”あるいは“現金燃料率”と呼びます)

現在,私は副業で経営コンサルタントをしていますが,たとえば不振企業に入るとすぐに,現在のままだとあと何ヶ月その企業がもつか,あるいは何ヶ月先に資金燃料切れで墜落(破綻)することになるかを計算するわけです。

業績が厳しいわけですから,墜落する前に新しい利益を創出する何らかの「打ち手」(例えば新商品の開発と市場への投入)を打たないといけません。ただ,打ち手を施しても効果が現れるまでに,ある程度の時間がかかりますから,その前に墜落してしまうリスクもあります。だから,一刻も早く「出血(赤字)を止めなければならない」のです。

そこで,企業が注力している各事業の中で,将来性のないと思われるもの(ノン・コア事業)は撤退することになります。もちろん,事業の撤退には高度な経営判断が必要になりますし,何度も現場に赴いて,状況をひとつずつ確かめていく作業が必要になります。

おそらく,これが政府でいう事業仕分け(の廃止)にあたります。

では,どの事業を撤退するのかということについては,いろいろな決め方がありますが,有名なところではSWOT分析などを使います。もちろん,SWOT分析は入り口で,それ以上の細かい分析をしていくことになります。

また,先ほど「打ち手」と書きましたが,悪性の赤字は止めないといけませんが,良性の赤字(将来への打ち手)は容認(投資)しないといけません。

何かを捨てるということは何かを選ぶということで,事業撤退を検討する際は,「どれをコア事業として残すのか(どこに投資をするか)」が非常に重要になります。

経営者は「どの事業に注力するか」ということで頭の中がいっぱいになります。

従って,経営経験が豊富な人が仕分け人になったら,“無駄を洗い出す”ではなく,“注力すべき事業を選ぶ”「事業仕分け」と自然に説明するようになるはずです。おそらく,「どの事業に注力するか」はマニフェストに記述されており,「悪性の出血を止める」のが事業仕分けということなのだとは思うのですが。

用意した資料に基づいた官僚の説明(説明が下手だったらどうするのでしょう)から,1時間程度の議論で,しかも多数決で決めてしまうのは,それが仮に正しい判断だったとしても,経営経験を持つ人間からするとどうもしっくりこない話です。。

悪性の赤字を一刻も早く止めなくてはならないのは間違いないのですが,誤った意志決定だけはしないで欲しいと心から思います。

“数多くの意思決定を手早く行うことは,間違いである”(ドラッカー)

アメリカの図書館経営における経営戦略論:1960年代から2000年代

更新が滞ってました。

昨日,日本図書館情報学会春季研究集会で発表いたしました。

発表の題目は「アメリカの図書館経営における経営戦略論:1960年代から2000年代」です。

発表後,何人かの方から熱心な質問を頂きました。図書館経営の研究者が少ないので,学問領域として発展・確立していくためにも,図書館経営に関心を寄せてくれる方がひとりでも増えればいいと思っています。

顧客の期待を超えた別世界の品質。

先日,知人に連れられて,栃木県の山奥まで蕎麦を食べに行きました。蕎麦好きの間では噂になっているお店のようで,食べてみると本当に美味しく感動的な蕎麦でした。(価格はやや高めです)

ただ,それ以上に驚いたのは,もう少し行けば道が無くなってしまうような山奥にも関わらず,午前からお店が混雑(50分待ち)していたことでした。お店のお兄さんに聞くと,平日でもこれくらいの混雑ぶりで,並ばずに入れるようになるのは夕方の4時くらいだとか。

世の中のマーケターたちが,商品を売るために睡眠時間を削って働いても働いても働いても売れない世界とは,まったくの別のところにこのような世界が広がっているとは,本当に驚きです。近年,マーケティングが大事,広報が大事とは,よく言われますが,経営にとってもっとも大切なものを見せつけられたような気がしました。

ついでに。

これに,似たような話で,「プロダクトライフサイクルを超えた品質を提供する」というものがあります。有名な話として,「スイスの機械式時計と日本のデジタル時計」などが,よく例にあげられています。(たしか,4月の日経新聞にもこの例が出されていました)

機械仕掛けのスイス時計は,日本が機械仕掛けの時計をデジタル化・大量生産したことで,駆逐されると考えられていました。つまり,機械式時計は衰退期に入り,デジタル時計が成長期に入ると考えられていたわけです。

しかし,ふたを開けてみると,たしかに一部の機械仕掛けの時計はデジタル時計に置き換えられましたが,スイスの時計はその品質の高さから,今なお高価格で売れ続けています。つまり,スイスの機械仕掛けの時計は,その品質にこだわり続けることで,プロダクトライフサイクルを超えた別世界で生き続けているのです。(一方,日本勢はデジタル時計の価格競争に巻き込まれて困っています)

図書館にとっては,紙媒体の資料が電子媒体の資料に置き換わることが,プロダクトライフサイクルと関係してきます。もちろん,図書館が自ら資料を作るわけではありませんが,このことは強く意識をしておいた方がよいでしょう。

(資料提供ありきではなく)図書館が利用者に提供すべきものは何なのか。そして,利用者が図書館に本当に期待しているものは何なのか。それをもう一度,考え直すことは図書館の未来を明るくすることのように思います。

山奥の蕎麦屋とスイス製機械式時計。

商品やサービスの形態は違っても,このふたつに図書館が並べたら素敵ですね。